受賞の声
アジアの熱帯雨林ゾーンのゾウ舎 天王寺動物園/大阪府
天王寺動物園は1915年の1月1日に開園し、2005年の元旦でちょうど創立90周年を迎えようとしています。カウントダウンの始まったちょうどこの時期に、大賞受賞のうれしいニュースが届き、天王寺動物園ではスタッフ一同、大いに沸き立っています。といいますのも後述するように、この10年間、私どもは1995年に策定した天王寺動物園の将来計画「天王寺動物園ZOO21計画」を元に、次々と新しい施設を造ってきました。いずれの施設も日本、いや世界に誇れる動物展示施設と自信満々でしたが、完成、一般公開後に思わぬところで、しまった!と思うことがいろいろ出てきました。たとえば柵の高さの位置が車椅子からの視線のちょうど妨げになっているとか、繁忙期には観覧路の幅が狭すぎたとか、せっかく工夫を凝らした説明プレートが入園者の気づかない場所にあったとか・・・そういう失敗を次の動物施設造りには繰り返さないように、少しでも進歩していくようにと、設計を心がけ、建設を行ってきた中で、アジアの熱帯雨林ゾーンの新しいゾウ舎はかなり満足のいく作品に仕上がったと思っていました。それが今回の栄えある大賞に結びつき、まさに90歳、卆寿のお祝いとしてこんなにうれしい受賞はありません。
天王寺動物園は大阪市のまさに中心に位置し、年間 150万人以上もの入園者が訪れる典型的な都市型動物園です。動物施設については、戦前からの施設を1961年から9か年計画で無柵放養式を中心とした系統分類学的な展示動物舎へと改築しましたが、近年、それらの施設の老朽化が進む一方で、自然保護や環境問題への関心が高まる中、動物にも快適で、入園者にも自然に対する認識を深めてもらえる新しい施設作りの検討が求められるようになってきました。1995年、「天王寺動物園ZOO21計画」の基本計画を策定しましたが、この計画の目指すものは次の3点です。
- 動物園全体に自然を再現し、自然を満喫できる貴重な緑のオアシスとして市民に憩いと潤いを提供する。
- 動物の生息環境を再現した生態的展示手法により、自然環境等の認識と教育効果を高める。
- 絶滅に瀕する希少野生動物を保護するとともに繁殖研究を進め、飼育下での保護増殖を図る。
1995年3月に開館した爬虫類生態館はZOO21計画の第一歩をなすもので、動物の生息地を植物や擬岩、擬木で再現し、従来の動物舎とは異なった素晴らしいものであると市民からも高い評価を得ました。97年9月にはカバ舎を完成・公開しましたが、カバの生息地を再現するとともに、日本で初めて水中のカバをガラス越しに観察できる施設として、評判を呼びました。98年10月にはサイ舎を、続いて2000年8月にはキリン、シマウマ、ダチョウなどを展示するアフリカサバンナ区草食動物ゾーンを公開しました。実はこの草食動物ゾーンに引き続き、ライオン、ハイエナを展示する肉食動物ゾーンの建設に入る予定でしたが、ゾウ舎の老朽化が問題となり、それを先行させることになりました。
天王寺動物園のそれまでのゾウ舎は1936年に建設され、建築後60数年経過していることから老朽化が著しく飼育管理上の安全性が危惧されること、それに加え50歳を越えた高齢なゾウの健康福祉なども差し迫った問題になっていました。そこで急遽、新しいゾウ舎の基本計画に続き、99年に基本設計を行い、2000年には実施設計を策定しました。ZOO21計画が始まったときから、動物施設の建設計画、設計には設計コンサルタント、工事担当職員以外に天王寺動物園の飼育担当者や獣医師、植物を管理する職員なども加わったプロジェクトチームを組織し、精力的に議論を重ねました。今回もこのプロジェクトチームを計画段階から立ち上げ、喧々諤々の議論、検討、研究を行いました。また一方ではタイの野生のゾウが生息する野生動物保護区も視察し、現地でのゾウの暮らし方、人との関わり合いなども調査し、設計に供しました。
新ゾウ舎は2001年9月に着工し、03年9月に総事業費13億円で竣工しました。本施設では入園者に感動と安らぎを与える場となるよう、野生の動植物が生息する環境を再現し、人と動物のかかわりを展示する生態的展示の手法を取り入れています。4200の敷地に鉄筋コンクリート造り2階建て、延べ床面積707のゾウ舎と1550の放飼場が設けられています。これは旧ゾウ舎のほぼ倍の規模で、舎内には寝室が4室あり、ゾウの出入り口は遠隔操作可能な電動式の馬栓棒および扉が設置されています。また舎内の暖房用に遠赤外線ヒーターを設けるとともに、放飼場床をコンクリートから土に替え、高齢ゾウの健康管理にも配慮した施設としました。また高齢のために歯がすべて脱落してしまった時に備えて芋類を蒸してやわらかくするための大型蒸し器の設置や、寒い冬でもゾウの足の爪を清潔に保てるように温水式高圧洗浄機を導入するなど、動物の健康福祉にも留意しています。
展示の全体構成は森林ゾーン、林縁部ゾーン、農耕地ゾーンからなり、クスノキ、シュロ等の既存の樹木を積極的に取り込み、スダジイやビロウ等の新植樹木、また擬木や擬岩も配し、タイの熱帯雨林の再現に努めました。また総延長155mの観覧路にはミストの発生装置、滝、ゾウの足跡、塩なめ場、ゾウに踏み潰されたサソリ、キノコが生えたゾウの糞、梢で顔をのぞかせるニシキヘビ等々、好奇心をくすぐるような遊び心一杯の仕掛けを設け、タイの熱帯雨林を入園者に満喫していただける工夫を凝らした施設としています。さらに農耕地ゾーンでは現地のバナナ畑を再現し、ここでは森林を開拓した人々と住処を追われてバナナ畑を襲うゾウとの関わり合いを展示し、環境について考えるきっかけが提供できればと思っています。
動物の展示施設は規格品のような一般の住宅やビルを建てるようなわけにはいかず、常に独創的なアイデアと他施設の調査、研究が求められます。さらに動物を飼育管理する立場、入園者の見る立場、そして快適に暮らせる動物の立場、この3つの立場、条件を考えながら設計をしていかなければなりません。来年の5月から次の新施設アフリカサバンナ区肉食動物ゾーンの建設が始まりますが、天王寺動物園の新しい施設は常に進化しており、この施設には市民の声も取り入れたものとなっています。2006年5月に完成予定ですので、これも大いにご期待ください
飼育課長 宮下 実