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2006年05月26日

ヨーロッパで魚に出会う

動物園にいきなり興味を持ってから4年後、私はヨーロッパの動物園をめぐる旅に出ていました。動物園に限りない可能性を感じたものの、まだ経験も知識もなかった私は動物園の熱意あるスタッフとお話をしても、あちこちの動物園でボランティアをやっても、具体的に何ができるのかがみえてこなかったからです。

神奈川県から助成を受けてのかなり自由な旅は10ヶ月続き、ヨーロッパ12カ国およそ80の動物園に次々と訪れました。動物園ボランティアと一緒に活動したり、教育活動を見学したり、その合間には、しっかりジャージー動物園のサマースクールや欧州動物園教育担当者会議に参加し、一気に100名を超える動物園スタッフと知り合いになりました。そして、私はとってもすてきな出会いを果たすことになるのです。

動物園に行って「教育活動を見学したい」と言うと、決まって遠足団体向けのプログラムを紹介されます。実は、動物園の教育セッションを見学していくにつれ、私は物足りなさを感じていました。ヨーロッパのエデュケーターは、毎日毎日、大挙して訪れる子どもたちを相手に、室内で、時に小動物を用いて授業をするのに大忙し。ドイツでは学校の先生が動物園に派遣され、子どもたちは、後ほど動物園に繰り出すことを楽しみに、お勉強をしにやってきていました。突然、動物園を訪問する私が、いつも特別なプログラムを見学できるわけでもなく、これはしょうがないことなのでしたが、それにしても、その内容は国境を越えてもあまり変わらないものでした。動物園の教育に関しては、国際会議も、地域会議も充実しているため、情報がかなり共有されていたからなのです。

そんな中、私はスイスですてきなエデュケーターに出会います。この日、見学を約束していたベルン動物園は、スイスの首都に位置しながらも、動物園はひっそりと、森の中にありました。バスを降り、ヨーロッパの樹高の高い森の中をてくてく歩いていくと、突然フラミンゴに迎えられます。まだ動物園に入る前の思いがけない出会いにびっくり。この「出会い」こそ、この日のキーワードになりました。

ベルン動物園のエデュケーターのマーリーは、「魚」のプログラムを実施するとのこと。彼女は集まってきた小学生に「一列に並び、前の人の肩を持って、両目を閉じて」と指示します。そして、マーリーを先頭に、ゆっくりドキドキ歩いていきます。そして、子どもたちに手を離すように言ってマーリーが子どもたちの向きを少しずつずらせて目を開けさせると、子どもたち全員から歓声が上がります。子どもたちは、園内の水槽の前に連れてこられていました。3人並ぶともういっぱいの小さな水槽もあります。でも、海の中にいるような、そんな気持ちで目の前の魚をじっと見つめているようでした。しばらくの間、だれも何も喋りませんでした。

子どもたちがプログラムを終えて帰ると、すかさず私は「ヨーロッパで一番すてきなプログラムだった!」と話しました。マーリーは相当びっくりしていましたが、小さな市営の動物園のベルンは、ヨーロッパ地域の会議でさえあまり行けないようで、他の動物園のプログラムをそんなには知らないようでした。そして、すてきだと話した私自身も、そのすてきの要素を、この時点ではあまりわかっていませんでした。ただ、子どもたちのきらきらした目とその後の集中力を目の当たりにし、ずっと心から離れませんでした。そして、後々私はズーラシアでアマゾンの動物と出会う旅を企画することになるのです。

2006年05月20日

はじめにのはじめに

ブログのはじめの二回分くらいは、私が動物園になぜ興味を持ったのか、その背景をちょこっと(ですむかな・・・)お話ししたいと思います。

そもそも私は、動物を飼いたいと思ったこともなかったし、幼稚園の遠足以来、動物園に行くこともなく、ましては「動物園で働こう!」なんて思いもつかないことでした。転機は大学3年生の時に突然訪れたのです。

横浜で育った私は、次々と目の前にあった山が住宅地へと造成されていくのを目の当たりにしてきました。特に動物が好きだったわけでもない子どもでしたが、その山にタヌキがいることも知っていた(そして、時々遭遇していた)ので、なんとなくの不安が心の隅にいつもありました。こんな思いを抱えて、私は農芸化学科へと進学しましたが、自分に何ができるのか、何がやりたいのかはまださっぱり分からず。そのうちに3年生になり、卒業研究をする研究室を選んだり、研究課題を選んだりしても、大学に用意されている課題では私の気持ちにしっくりくるものになかなか出会えない!他学科の授業を受けたり、図書館に通う毎日を過ごします。でも、冬のある日、とうとう私はジェラルド・ダレル氏「積みすぎた箱船」に出会ってしまいます。そして私はこの本で初めて、動物園が環境保全に取り組んでいるということを知ったのでした。
これは、私にとって衝撃的な事実だったのです。市内に二つの動物園がある横浜市で育っていたにも関わらず、動物園が環境教育の場であることに気がつくことなく、私は大学生になっていました。今でこそ動物園は注目を集めていますが、当時はやっと、世界動物園保全戦略IUCNから発表されたような状況。ちょうど、時代の境目でもあったわけです。ダレル氏の理念を読んだだけで、「動物園」こそ、私のやりたいことができる場所だと直感しました。そしてなんと、横浜3つ目の動物園となるズーラシアのオープンも目前。そんな偶然から、私の動物園人生がはじまるのです。

2006年05月15日

20日からはじまります

みなさま、こんにちは。
よこはま動物園ズーラシアの長倉かすみです。
ズーラシアで働きはじめてはや5年。
いろいろなコトを考えて、いろいろなヒトと出会って、
いろいろな挑戦をしてきました。

ここでは、私がズーラシアで取り組んできた企画について、
その「アングラ」なところも含めて紹介していきます。
どうなることやら!!!どうぞよろしくお願いします。