Overview

総評

エンリッチメント大賞も今年で9回目を迎えました。今年は全国から48件の取り組みに対して57件の応募(いくつかの取り組みには、複数の推薦がありました)があり、そのうち12件が一次審査を通過しました。

一次審査を通過した取り組みについては、スタッフが現地を訪れたり、関係者にインタビューをするなどして、追加調査を実施しました。追加調査の結果をもとに、9月25日に二次審査の場となる審査委員会が開催され、今年は以下の2件が大賞に選ばれました。

大賞に選ばれた2件の取り組みは、主旨は異なりますが、どちらも長年の飼育下での知見を積み重ねたエンリッチメント技術を応用したものであり、これまでのようにそれぞれの園館内だけの試みにとどまらない、広がりのある事例といえます。

Winners

受賞した取り組み

大賞

東京動物園協会市川市動植物園名古屋市東山動物園よこはま動物園

動物園のオランウータンの環境エンリッチメントの技術開発と野生動物保全活動への応用

オランウータンはきわめて樹上性の高い動物です。動物園ではどうしても観客の視線の高さに合わせた展示になりがちで、本来は地上で過ごすことがめったにないオランウータンが一日の大半を地上で過ごす例が多く見られました。今回の受賞対象となったオランウータンの飼育員の方々は、動物園のオランウータンの飼育環境の改善に取り組んでこられました。

その中で、ロープを使って、空中を自在に移動させるという工夫が生まれました。安価な方法として、使用済みの消防ホースをロープとして利用する試みが促進されました。消防ホースを利用したハンモック製作技術や、消防ホースをひねってつかみやすくする技術(通称「水品巻き」)の開発です。さらに、多摩動物公園のオランウータン施設「スカイウォーク」の事例のように、長いロープをオランウータンが渡って飛び地を利用するという大規模に空中を使った展示にもつながりました。

こうした動物園での取り組みが国際的な注目も浴びました。マレーシア・サバ州で長年に渡り野生オランウータンの研究、保全活動に取り組んできたアンクレナス博士夫妻が、日本の動物園におけるオランウータンの飼育担当者たちによるエンリッチメント技術に着目し、サバ州野生生物局を通じて彼らに保全活動への協力を呼びかけました。現地では、開発により森林が分断され、オランウータンが孤立するという問題が起きています。今回の受賞者4名はその呼びかけに応じ、日本のNGOの協力のもとに、廃材となった消防ホースを現地に持ち込み、分断された生息地の森林をオランウータンが行き来するための吊り橋を製作し設置するなど、実際に現地に赴いて保全活動に取り組みました。2010年7月には、実際に野生のオランウータンがこの吊り橋を渡ることも確認されています。こうした飼育担当者の現地派遣は、勤務する動物園や関係者のバックアップがあって実現したものです。以上、国内の動物園でオランウータンのためのユニークなエンリッチメント技術を開発したこと、それが野生動物保全に応用されたこと、各動物園が飼育担当者を海外の域内保全活動に派遣したことが、今回の受賞のポイントとなりました。

・黒鳥英俊氏の勤務先

東京都上野動物園 教育普及課(とうきょうと うえのどうぶつえん きょういくふきゅうか)

東京動物園協会

所在地
〒110-8711 台東区上野公園9-83
TEL
03-3828-5171(

市川市動植物園

名古屋市東山動物園

よこはま動物園

Winner's Voice

受賞の声 ―

今回の受賞はとにかくオランウータンを救いたいというみんなの気持ちが動き、協力して勝ち取っただけにとてもうれしい賞でした。日本の動物園の人もいままでの培ってきた経験や知恵などを働かせ、集まって協力すればいろんなことができるのだという自信につながりました。その間にもオランウータンや多くの動物たちは私たちの助けを待っています。今回のキナバタンガン川流域における消防ホースのプロジェクトはこれから未来へうまくつながる懸け橋になってもらいたいです。今回はこの4人の担当者以外にも一緒に現地で参加した方たち、地元の方たち、現地で作業をしなかったけど準備を進めてくれた方など多くの人たちが一緒になって勝ち得た賞でした。そしてこのような機会をつくってくださったマレーシア・サバ州野生生物局、研究者のイザベラ博士、現地NGO「ボルネオ保全トラスト」や日本のNPO「ボルネオ保全トラストジャパン」の方々に感謝したします。そして、こころよく今回の吊り橋プロジェクトに対して協力してくれた(公財)東京動物園協会や多摩動物公園の園長はじめ多くの職場の皆さまにも心から感謝いたします。

(公財)東京動物園協会

前多摩動物公園 飼育展示課 オランウータン担当

現上野動物園 教育普及課

黒鳥英俊

エンリッチメント大賞をいただきまことにありがとうございます。

この度の栄誉は「吊り橋プロジェクト」に参加した全ての仲間たち、また私たちを快く送り出してくれた職場の仲間全員への表彰と受け止めたく存じます。さらには、将来この取り組みに参加していただける全ての方々への大きな弾みともなることを強く願っております。

私がこの取り組みへ協力を呼びかけられた当初は、正直なところ驚きと戸惑いが先にたちました。「自然の森に人工物の橋を渡す?」「20mの川幅を廃材の消防ホースで!?」しかし、詳しい事情をお聞きして納得できたのです。「吊り橋プロジェクト」とはアブラヤシプランテーションにより分断された森と森をつなぐ「緑の回廊計画」の一環として計画されたものでした。分断された森がつながれるまでの間、川を泳いで渡ることが出来ないオランウータンたちの生存を少しでも延ばそうという「命の時間稼ぎ」だったのです。いわばそれほどに急を要する危機的状況下なのです。

例えば、手付かずの大自然に人為は無用です。しかし積極的に働きかけなければ失われてしまうこのような自然があることもまた事実です。今回の「吊り橋プロジェクト」が今後、日本の動物園と展示される動物たちの生息地の現状とをつなぐ「協力の架け橋」になれば嬉しいな・・・そんな夢を見ております。

市川市動植物園 オランウータン担当者(副主幹)

水品繁和

日本の動物園では、以前より消防ホースを使って数々のエンリッチメントを工夫し活用してきました。また、その技術を各々の動物園内にとどめるのではなく、各動物園にその情報を伝え、全国の動物園の飼育技術向上を図ってきました。その消防ホースを使ったエンリッチメント技術をボルネオ島での野生オランウータン保護のために役立てることができて、大変うれしく思います。そのチャンスを与えてくれた、マレーシアサバ州野生生物局、現地NGO「ボルネオ保全トラスト」、日本NPO「ボルネオ保全トラストジャパン」の方々、加えてこの吊り橋プロジェクトに対して全面的にバックアップしてくれた東山動物園園長をはじめ皆さまには大変感謝しています。

2010年7月には、野生オランウータンが1号吊り橋を移動したのが確認され、飼育下のオランウータンが活用する消防ホースを野生オランウータンも使用することが証明されました。今後も動物園、研究者、NGO、NPOなど各方面の人々が協力し合って野生動物の保護に寄与していくことができればと思います。

名古屋市東山動物園 技能長 オランウータン担当

木村幸一

「日本の動物園のオランウータンの飼育係が一人でも多く参加して保全活動に協力できるようにしたい」と黒鳥さんは話してくれました。「動物園で培ってきた技術が野生オランウータンに役立てられることになる。その責任の重さを感じる」と言って水品さんはボルネオに旅立ちました。翌年、二人の言葉を噛みしめてボルネオに行きました。赤道直下の熱い太陽の下で、マレーシアの人たちに黙々とホースワークを教える木村さんと2号橋を架橋することができました。

違う動物園で働くオランウータンの飼育係が「野生のオランウータンのために」「その技術」を使って保全活動のお手伝いができたことに大きな意義を感じています。そのことが、評価されて、このような大きな賞を頂けたことは、飼育係冥利に尽きます。ありがとうございました。

生息地の環境悪化で困っている動物はオランウータンだけではありません。飼育下の技術を必要としている場所はたくさんあるはずです。この受賞が、動物園と保全の現場の連携を促進するきっかけになることを願っています。

よこはま動物園ズーラシア 飼育展示係 宮川悦子

大賞

下関市立しものせき水族館山口県

海響館 ペンギン村

ペンギン村は2010年の3月にオープンしたばかりの新施設です。国内の動物園・水族館のペンギン飼育担当者が中心となって組織される「ペンギン会議」の協力を得るなど、ペンギン飼育の最新の知見を集約し、設計段階から環境エンリッチメントに配慮した施設づくりを実現していることが評価のポイントとなりました。

深く潜水できる水深6mのプール、荒波を起こす造波装置、オキアミの水中給餌装置、複雑な擬岩や遊び道具などペンギンたちが水中に誘われるような工夫がほどこされている点や、何パターンもの巣穴を備えて自由に選択できる環境を提供している点など、熟慮を重ねた上で作られた施設であることがうかがえます。もちろんハード面だけでなく、給餌方法や飼育担当者とのコミュニケーションなどソフト面でもエンリッチメントに配慮した工夫がなされています。さらには、ペンギン・レンジャーなどの多様な教育プログラムの実施、フンボルトペンギンの生息地での保全活動なども注目されます。

ペンギンは水族館でも動物園でも飼育されており、広範な関係者が今後のしものせき水族館の活動を注視することになるでしょう。ペンギンの飼育について長い歴史を持ち多くの実績を残しているしものせき水族館がペンギンの展示・飼育とエンリッチメントについて、今後も更なる力を発揮されることを期待します。

下関市立しものせき水族館 海響館(しものせきしりつ しものせき すいぞくかん かいきょうかん)

所在地
〒750-0036 山口県下関市あるかぽーと6番1号
TEL
083-228-1100
Winner's Voice

受賞の声 ―

エンリッチメント大賞をいただき誠にありがとうございます。

ペンギン村の企画・立案に際しては、これまで日本人がペンギンに対して一般的にもっていた「氷山とペンギン」、「何か思い佇むようにじっと動かないペンギン」のイメージを壊すことを狙いました。キングペンギン、ジェンツーペンギン、マカロニペンギン、イワトビペンギンは水量700トンの大きな水槽の中を活き活きとスピーディーに泳ぐ行動を見せてくれます。フンボルトペンギンも広くとった陸地で多彩な野生での行動を再現してくれています。ペンギン村のハード、ソフトの両面には幾つもの創意工夫を入れ込みましたが、最初のペンギン村基本計画専門委員会スタートから完成までの間に多くの動物園水族館や各園館のペンギン飼育担当者、そしてペンギン会議の皆様に多大なご協力をいただきました。ご協力いただいた皆様と共にこの受賞の喜びを分かち合えたら幸いです。

ペンギン会議の助力を得て、フンボルトペンギンの生息地の一つであるチリのペンギン関係者との関係構築を進めているところですが、この受賞をバネに施設を超えたフンボルトペンギンの保全活動に発展させたいと願うところです。

下関市立しものせき水族館 館長 石橋敏章

Session Data

2010年の開催データ

募集期間
2010年5月1日 〜 7月7日
応募総数
57通
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 正田 陽一東京大学名誉教授
  • 松沢 哲郎京都大学霊長類研究所教授
  • ロニー・アレキサンダー神戸大学大学院国際協力研究科教授
  • 川端 裕人作家
  • 村田 浩一日本大学生物資源科学部教授