固着性の水生生物の生息条件の中でも、水の動きは水質や光条件とともに非常に重要な要因です。水族館やホームアクアリウムでも水質や光、栄養条件を満足させても飼育できない生物がたくさんあります。
葛西臨海水族園で飼育した無脊椎動物は、開園当初の平成元年の125種から平成6年には744種を数えるようになり、平成13年ごろにはイシサンゴ類の育成にも成功しました。また、海草類・海藻類では、育成が困難とされたアマモや大型褐藻類の長期育成や繁殖にも成功することができました。この数々の成功の裏には、水質の維持管理や各種の光合成色素を考慮した波長と光量確保など光条件の管理の他に、今回の受賞テーマである「水流への取り組み」があります。
今回の受賞の発端は、刺胞動物の八放サンゴ類を収容してある伊豆諸島の水槽に設置した「ししおどし」でした。この「ししおどし」は、水流の刺激により刺胞動物のポリプを開かせることを目的として南アフリカ水槽に設置したものでしたが、転用先の伊豆諸島の水槽では、水槽に入れた餌用の動物プランクトンを水槽全体に広げる効果も期待して使用しています。この「ししおどし」方式の飼育水の撹拌は昔から水族館で行われている手法で、特段目新しいものではありません。そこで、今回のお話が持ち上がり市民ZOOネットワークの方が実見に来られた際に、本園で行っている飼育水の動きの制御についての取り組みについてご説明したところ、今回の受賞となりました。水族園で人為的に制御している代表的な水の動きは以下のようなものがあります。
今後も水生生物の本来の生息環境を充分考慮して飼育下環境で生物を健康に飼育できるよう、飼育環境の整備に努力したいと思っております。
(1)イシサンゴ類:サンゴ礁域では波浪や潮の干満により様々な方向の流れが生じている。固着生活をするイシサンゴ類にとっては、様々に方向が変化する流れは動物体がシルトなどに覆わないようにする重要な環境因子となっている。この流れを再現するため、水族園のイシサンゴ類水槽では電磁弁を使用して2時間から4時間ピッチで一日8回水槽内の流れの方向を変えている。
(2)ウメボシイソギンチャクやコアマモなど:潮間帯生物は潮の干満により定期的に空中に曝露される環境に生息する。水族園の砂浜と磯場・潮溜りを備えた水量220トンの水槽では、大型造波装置と50トンの水を自動制御で出し入れして潮位変化を再現するための地下タンクを設置し、定期的に乾出する潮間帯生物の飼育環境を再現している。
(3)ジャイアントケルプなどの大型藻類:藻類、特に大型になる褐藻類は、呼吸や栄養塩の吸収のほか、シルトが藻体を覆わないよう、常に藻体と接する飼育水が相対的に流動している必要がある。この水の動きは、ノズル方式の水の噴出ではなく、自然の海のように水槽内の水が一体となって動く必要があるため、水槽内の擬岩に組み込みピッチとストロークを調整できるシリンダー方式の造波装置を設置して水の動きをコントロールしている。
(4)河川中流域の魚類:通常、河川中流域では、一蛇行区間に流速が異なる淵・早瀬・平瀬という河床形態がセットになって出現し、魚類によってそれぞれ利用する河床形態が異なることが知られている。全長200m、水量630トンの水族園の人工河川は、河川中流域の河床形態を備え、飼育水は最下流部の水を最上流部へポンプアップして流下させている。人工河川で多摩川中流域在来の魚を15種ほど導入し、11種が産卵し9種が世代交代していると思われる。この中にはレッドリストに記載され、日本動物園水族館協会の繁殖表彰を受賞したギバチやジュズカケハゼなどが含まれる。