Overview

総評

エンリッチメント大賞は11年目を迎えました。今年は全国から53件の取り組みに対して58通の応募があり、そのうち13件が一次審査を通過しました。一次審査を通過した取り組みについては、スタッフが現地を訪問したり、関係者にインタビューを実施するなどの追加調査をおこないました。その結果をもとに、9月23日に審査委員会(二次審査)が開催され、3件が大賞に選ばれました。

今回受賞した取り組みは、単に現場でのエンリッチメントの実践やエンリッチメントを活用した施設作りに留まらないものでした。それぞれがその動物における過去の飼育展示方法の“常識”を乗り越えて、その種の今後の飼育展示に対して明確な方針を持ち、その実践においてエンリッチメントを当たり前のように導入している点が評価されました。また、いずれも複数年度にわたって何度も応募があったものであり、継続して取り組みに挑戦し続けたことでも注目されました。今回受賞した3件は、今後の動物園・水族館の飼育展示のあり方の一つを示していると言えるでしょう。エンリッチメント大賞が始まってから10年が過ぎ、動物園・水族館でのエンリッチメントの取り組みの、“第2章”が始まるにふさわしい受賞となりました。

Winners

受賞した取り組み

大賞

日立市かみね動物園茨城県

チンパンジーの森」の植樹祭と群れづくり

チンパンジーの飼育施設における、「植樹祭」と「群れづくり」を何年にもわたって継続してきた努力と、その成果が表われ始めていることが評価されました。

「チンパンジーの森」は2008年にオープンした施設です。それまでのコンクリートで囲まれた施設から、土と緑とタワーからなる環境になりました。動物園はこれを“完成”とせず、毎年1回、小さな森づくりを目指した植樹祭を開催し続けてきました。来園者がチンパンジーの運動場の中に入り、自分たちで持ち寄った木を植えることができるこのイベントは、来園者参加型エンリッチメントと言えます。自分が植えた木を、チンパンジーたちが食べたり、折って遊んだり、ベッドを作ったり、あるいは日陰として利用したりするようすを観察することで、来園者自身がチンパンジーのエンリッチメントに関わったという実感を得ることができます。そして4年間の継続した取り組みにより、チンパンジーのニーズや好奇心を満たす「森」に少しずつ近づいています。

群れづくりの面では、父系の複雄群で暮らすチンパンジーの生活に近づけるためにオス親子とメス1個体を飼育していたところに、メス3個体を順次導入しました。各個体に合わせた導入手順と適切なケアで、社会行動に問題があった個体も、群れ入りに成功しました。また、これまでの3回の出産で毎回育児放棄をした経歴を持つ母親がいったんは人工哺育となった我が子を抱くようになり、こどもは1歳4ヶ月という記録的なスピードで群れ復帰しました。社会行動に問題のあったメスの、高齢初産の日本記録となる34歳での出産にも成功しています。今までのチンパンジー飼育の常識を覆す実績を残しました。

以上の取り組みは、チンパンジーに対する深い知識と担当者の努力、周囲のサポートがあってこそ成功したものと評価されます。今後の植樹祭の継続はもちろん、残る人工哺育個体の群れ復帰など、更なる努力と挑戦を続けていかれることを期待します。

日立市かみね動物園

(ひたちし かみね どうぶつえん)

所在地
〒317-0055 茨城県日立市宮田町5-2-22
TEL
0294-22-5586
Winner's Voice

受賞の声 ―

今回は栄えあるエンリッチメント大賞に選考いただきありがとうございます。

当園では、平成19年に開園50周年を迎えたことを契機として、施設の大胆なリニューアルに取り組んでまいりました。その第1弾として整備しましたのが今回受賞いただきました「チンパンジーの森」です。「より広く、より高く、より近く」をテーマに建設した施設は、チンパンジーたちが伸び伸びと暮らせるように、また来園者にもチンパンジーたちの行動的な姿を楽しんでもらえるような施設づくりに努めました。

しかし、オープン当初は樹木の本数も少なく、3本のタワーが人工的で無機質なイメージとなっていました。このため飼育員の発案により、開園1周年を機により自然の森らしくしようと市民から樹木の提供を受け植樹祭を行うこととしました。以来毎年のように植樹祭が実施され文字通り市民と一緒に育てていった「森」ができつつあります。お陰さまで、その甲斐あって当初目標としていたチンパンジーたちの繁殖にも成功し、昨年のゴウに続き今年もリョウマというオスの個体をもうけることができました。

関係者の皆さまにはこれまでのご支援ご協力に感謝申し上げますとともに、これからは今回の受賞を糧として、来園者にとって楽しく、またチンパンジーたちにとっても幸福に暮らしていけるような取り組みを続けてまいりたいと思いますので、今後とも更なるご指導ならびにご教示を賜りますようお願い申し上げます。

日立市かみね動物園

園長 生江信孝

この度は、大変名誉な賞を頂戴しまして誠にありがとうございます。感謝と感激と恐縮の複雑な思いでいます。

植樹については、2008年の施設リニューアル以来、植樹祭という形で4回実施してきました。チンパンジーにとって有益な環境整備を市民と一緒に楽しいイベントとしてやってこれたことは、良い取り組みだったと思います。

当初に比べてだいぶ緑は増えましたが、まだまだ施設名称である『チンパンジーの森』という感じには程遠いと思っています。今後もこの受賞を励みに、緑豊かな森づくりへの取り組みを継続していくとともに、チンパンジーたちが元気に健康で、安全に、彼らの暮らしが少しでも楽しく、幸せなものになるように努めていきたいと考えています。

今回群れづくりの成果について高い評価をいただいたと伺いました。今年は、人工哺育個体(ゴウ)が実母(ヨウ)と一緒に1才4ヶ月で群れに合流することができました。また、マツコは34才で初めての出産に成功しました。さらに38才で突然の母性をみせてくれたヨウは素晴らしかったです。ゴウの群れ入りをゴヒチもユウもマツコも優しく暖かく迎え入れてくれました。群れが良い雰囲気になっているのは、彼らのおかげであり、ゴウを受け入れてくれたチンパンジーたちに感謝しています。

お陰さまでゴウは、毎日元気いっぱい、一人でもロープを滑り落ち、草むらにダイブし、転げ回り、みんなにもよく遊んでもらい、本当に楽しそうに過ごしています。それを見るお客様もまた、誰もが笑顔になっています。それらを見て私もとても嬉しく幸せな気持ちになります。

最後になりましたが、日頃ご教示、ご協力をいただいている動物関係者ならびにご支援をいただいている市民を始め来園者の皆様に、この場をお借りして深く感謝を申し上げたいと思います。

日立市かみね動物園 担当飼育員 山内 直朗

大賞

埼玉県こども動物自然公園埼玉県

シカとカモシカの谷

シカとカモシカという日本産動物を、園内に残る原生の雑木林を存分に利用して飼育し、現在起こっている野生動物問題を提示するといった、従来の動物園の展示の概念にとらわれない設定が評価されての受賞となりました。

エンリッチメントを考える上で重要な点の一つに、動物の生息環境の再現(景観という意味ではなく)があります。ホンシュウジカとニホンカモシカにとって、木が生い茂り勾配のある雑木林は、生息地の環境そのものであり、究極のエンリッチメントと言えます。しかし、こうした取り組みと「動物を見せる」ことを両立させるのは非常に困難です。シカとカモシカの放飼場は合わせて約5000㎡あり、動物園の展示空間としてはとても広い面積で、環境維持のため飼育個体数を限定しています。来園者は、もともと自然観察路として使われていたウッドデッキを歩きながらシカやカモシカを探すことになりますが、自らが“森の中”に入ることで、動物を近くで見るという欲求が制御されたような環境となっています。

シカの放飼場では、地上に緑が少ないことが分かります。放飼場の内外の森の下草や低木の違いに注目を促す看板を設け、現在日本各地で起こるシカの“食害”問題を提示しています。これはまさに「フィールドミュージアム」に近い手法であり、将来の動物園展示の一つのあり方を示唆していると評価されました。

また、ただ空間を囲い込むだけでなく、樹木の適正な間伐をおこなって下草の生育を促し、同時に間伐材を食餌として利用しています。給餌器を設置し植物、そして森林への負担を軽減し、適正な環境の維持にも努めています。日本産の動物、それも本来その地域に生息する種類に限定して飼育する、などのこだわりも評価されました。今後も、身近な日本産動物に対する豊かな飼育環境の維持に力を注ぐとともに、教育、環境保全に貢献する取り組みをおこない、動物園の展示の概念を覆す試みが継続されることを期待します。

埼玉県こども動物自然公園

(さいたまけん こども どうぶつ しぜんこうえん)

所在地
〒355-0065 埼玉県東松山市岩殿554
TEL
0493-35-1234
Winner's Voice

受賞の声 ―

このたびエンリッチメント大賞をいただき、大変ありがとうございました。

「シカとカモシカの谷」は、丘陵地帯の地形を活かし、高低差20メートルの谷をそのまま利用したホンシュウジカとニホンカモシカの展示施設です。

元々谷に設置してあったウッドデッキを歩きながら「この森に埼玉の動物を展示したい。この谷を登りおりするたくましい姿を見せたい。」という思いから施設が出来ました。

来園者はウッドデッキから観察することができるので、森を散策しながら野生動物と出会う感覚を得られることと思います。動物たちは木々の間を走り抜け、角をとぎ、谷底を流れる小川の水を飲み、時には木陰で休み、広い谷を自由に行動することができます。さらに所々に竹製のペレットフィーダーが複数設置してあります。不定期にフィーダーを仕掛けることで、より散策してもらえるようになりました。

また、シカのいる谷といない谷はフェンスをはさんで隣り合わせになっているので、下草などの植生の違いも比較観察することができます。そこから、環境問題になっている野生動物による食害や人との共存についてラベルで問いかけています。

ぜひ「シカとカモシカの谷」で足を留めじっくり観察し、たくさんのことを感じて、考えてください。

今後も動物たちが幸せに暮らせるように、来園者の方々がわくわくするような飼育展示の努力を重ねていきたいと思います。

埼玉県こども動物自然公園 園長 日橋一昭

大賞

秋吉台自然動物公園サファリランド山口県

大空を飛ぶアフリカハゲコウ

アフリカハゲコウという注目されることの少ない種ですが、運動不足解消と野生本来の行動の発現を目的としてフリーフライトに取り組んでいることが評価されました。

動物園で飼育されている鳥類の多くは逃亡防止のため、ケージ内で飼育するか、風切羽を切断(切羽)してうまく飛翔できないようにしています。アフリカハゲコウも、切羽が施されてオープンスペースで飼育されることが多い鳥でした。地上だけでの生活でも長生きする丈夫な鳥であるために、繁殖の試みもほとんどありませんでした。このような飼育方法が一般的であったアフリカハゲコウを、フリーフライトではばたかせ、飛翔後は園内の虫をつついたり草むらをあさったりして飼育場所まで帰らせています。厳冬期を除くほぼ毎日、ケージの外でのトレーニングの時間を設け、担当者の笛の音を合図に近くに飛んで来ます。大型の鳥の、大空をはばたく本来の行動や生態をうまく引き出した、迫力のある飼育方法と評価されました。市街地から離れた秋吉台の大自然の中という、立地条件を存分に生かした取り組みである点も注目されました。2個体のハゲコウに対し4人のスタッフが飼育に携わり、時間をかけてトレーニングしているのも評価されたポイントです。切羽をしないことで、高所への巣作りや正常な交尾などのその種本来の行動を引き出すことにもつながり、日本初のアフリカハゲコウの繁殖成功にも期待が寄せられています。

実はこの取り組みでは、かつて2回、メス個体が上昇気流で園外に飛ばされてしまうという事件もありました。一般に動物園では、このような事件があると取り組みを中止するなどの結論を出しがちですが、発信機をつける、フライト後の餌の量を多くするなどの防止対策を立て、この取り組みに挑戦し続けています。今後も、ハゲコウの持つ能力と魅力を引き出せるような、さまざまな工夫に挑戦されていくことを願います。

秋吉台自然動物公園サファリランド

(あきよしだい しぜんどうぶつこうえん さふぁりらんど)

所在地
〒754-0302 山口県美祢市美東町赤1212
TEL
08396-2-1000
Winner's Voice

受賞の声 ―

このたびの受賞を大変光栄に、そして本当にうれしく思います。それは、評価いただいた取組みは飼育スタッフによる手作りだからです。彼らはコンクリートとゴルフネットで囲われた旧ウサギ飼育場に木を打ちたて、土を運びこみ草を生やし、看板を手作りし飼育場を整備していきました。それは、傍目にはあたかも鳥たちが巣作りをしているような地道な作業でした。フライトの調教も手探りの連続でした。猛禽類の調教とは異質の、いわば“つきあう調教”。アフリカの漁村でみられる、魚の生ごみ掃除屋としてのアフリカハゲコウと住民が少し距離を置いた“共生的関係”のような手法です。

このプロジェクトの途中で、フライトの中止あるいは完全切羽を検討したこともありました。フライトトレーニング中に園外に逃飛させてしまったのです。動物園関係の仲間や野鳥関係者の協力もあり9日後に和歌山県にて保護しました。逃飛したハゲコウとともにやつれ果てて帰ってきたスタッフは「また、飛ばさせてほしい」と申し出てきました。フライトの断念もやむなしという園内の雰囲気の中、戸島園長(当時)の「スタッフの思いを支えよう」との判断でフライトが再開されました。調教鳥類のこととはいえ飼育動物の逃飛はあってはならないことであり、深く反省し、現在ではフライト時の気象条件による自主規制やGPS機の装着などの対策を実施しています。

今回、地方の施設のささやかな取り組みに目を留め、アフリカハゲコウというあまり有名ではないけれど素晴らしい鳥に魅せられた飼育スタッフの思いをくみ取っていだきました。フライトトレーニングによってもたらされた健康な体躯、風を読む表情(感性)、繁殖行動など鳥としてあたりまえの姿を評価いただいたものとあらためて感謝いたします。

秋吉台自然動物公園 園長 池辺祐介

Session Data

2012年の開催データ

募集期間
2012年5月1日 〜 6月30日
応募総数
58通
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠里いわき明星大学准教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学野生動物研究センター教授
  • 正田 陽一東京大学名誉教授
  • 松沢 哲郎京都大学霊長類研究所教授