2025年エンリッチメント大賞 受賞動物たち

― ショー、ふれあい、高齢化などの困難にどう向き合うか ―

2025年の受賞取り組み

  • 16件の応募
  • 3件が受賞
  • 大賞は該当なし
Overview

総評

エンリッチメント大賞 2025 には、16件の取り組みに対して全国から21件の応募がありました。そのうち7件が一次審査(書類選考)を通過し、スタッフによる現地調査やリモートヒアリングを経て、9月14日に二次審査(審査委員会)がおこなわれました。その結果、奨励賞2件、正田賞1件が選ばれました!

今年度も、大賞は「該当なし」となりました(2023年度から3年連続)。昨今の日本の動物園・水族館においては、動物福祉(アニマルウェルフェア)についての理解が広がり、環境エンリッチメントの考え方も浸透した状態にあるといえます。日本動物園水族館協会では、会員園館を対象とした「アニマルウェルフェア評価」も始まりました。こうした背景から、環境エンリッチメントの実施が動物飼育に必要不可欠な業務とみなされるようになってきたのは間違いありません。その一方で、限られたリソースの中で最大限の工夫を実施することに重心が置かれ、効果の記録、評価、見直しと改善、という科学的根拠に基づくエンリッチメントの基本が十分にできていないようにも見受けられます。今年応募された取り組み内容は、いずれもエンリッチメントの手法としては優れていましたが、「計画」から「見直し」までのすべてのプロセスがきちんと示されたものは多くありませんでした。審査委員会では、福祉向上に至るエンリッチメント実践の基本的プロセスを重要視し、今年も大賞を選出しない結果となりました。

そのような状況下で、一次審査通過となった取り組みはいずれも、動物によるショーの実施、ふれあい、高齢個体の展示などの制限の多い困難な状況下で、できるだけその動物たちが幸せに暮らせるよう工夫を凝らして取り組んだ模範的な事例だといえます。これらの取り組みは、前提条件は異なるものの、日々の観察による現状把握から課題を明確化したうえで対策の検討を始めているという点で共通しているといえます。適切な科学的評価という点では検討・改善の余地があるものの、課題に対して試行錯誤し不断の努力で取り組んでいる姿勢は、他の施設にも大いに参考になるものです。私たちは、あらためて動物飼育におけるさまざまな問題についての理解を進める必要性を感じるとともに、今後もこういった取り組みが継続し、発展していくことを期待します。

Winners

受賞した取り組み

奨励賞

マリンワールド海の中道福岡県

バンドウイルカにおける玩具を用いたトレーニングの取り組み

飼育担当者が差し出す黄色いボールを受け取るバンドウイルカと、水面から顔を出して口を開ける様子

イルカはショー出演やそのためのトレーニングの都合上、餌や遊具のエンリッチメントが大きく制限されることがあります。そうした条件の中、館全体で動物福祉向上の取り組みが開始され、ショーに出演するイルカたちにも玩具の提供が始まりました。提供時には、個体ごとの行動を詳細に観察・分析し、玩具で遊ばない個体に関しては利用方法のヒントをイルカに教えるトレーニングをおこないました。こうした取り組みとその後の調査、そしてその対応も含めて非常にユニークな取り組みであると評価されました。

行動調査においては、2011年のアメリカでの先行研究をもとに独自の行動分類を設定し、それに基づいた細やかな観察データを取っています。行動の種類を「ポジティブ」「ネガティブ」という性質で分類したことに関しては、飼育者側の主観が入ることで客観性に欠ける危険性もあるため十分な注意あるいは再検討が求められるところですが、詳細な行動分類と対象個体ごとに統一した観察手法およびその後の分析は、高く評価できます。玩具の導入により多くのイルカは行動レパートリーが増加し、遊び行動が増えましたが、比較的高齢な個体に、玩具への忌避行動が見られました。その個体には脱感作の手法を使って対応したことで、忌避行動がなくなり、玩具によるエンリッチメントが有効になりました。

年齢や性格などにより動物の行動は異なって当然であり、詳細な行動観察によりそれが明らかになりました。行動解析の評価については、各個体の適性に合い、かつなるべくシンプルにデータ採取できる方法の開発を引き続き期待します。そしてその評価方法がほかの園館でも共有されれば、国内のイルカ飼育にとって画期的なものになることでしょう。

所在地
〒811-0321 福岡県福岡市東区西戸崎 18-28
TEL
092-603-0400
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

このたびは、奨励賞という栄誉ある賞をいただき、誠にありがとうございます。今回評価いただいたのは、「バンドウイルカにおける玩具を用いたトレーニングの取り組み」と題し、鯨類のQOL向上の一環として行ったものです。

当館では、飼育している鯨類に2023年10月からエンリッチメントとしての玩具提供及び、玩具での遊び行動の有無を記録しています。イルカたちに対してランダムに玩具を提供するという形で試みていましたが、個体によって反応はさまざまで、中でも「ハッピー」というバンドウイルカは、ほとんど玩具に興味を示さず、玩具で遊ぶ様子がほとんど見られませんでした。

そこで、玩具に対する印象を変化させることを目的に、玩具を回収するトレーニングを段階的に取り入れました。最初は、基本的な脱感作から始め、玩具を押して運ぶ動作をポジティブな強化を用いて形成し、回収動作を完成させました。玩具への関わりを促すことで、次第にハッピーは玩具に対して積極的に関わるようになり、自発的に遊ぶ行動も見られるようになりました。

この変化は、単に「玩具での遊び行動が確認できた」というだけでなく、ハッピーの行動全体に多様性が生まれ、提供した玩具がエンリッチメントとして良い影響を与えることになりました。トレーニングを通じて、個体の行動特性を尊重しながらエンリッチメントの機能を柔軟に調整することの重要性を、改めて実感しました。

今回の取り組みは、飼育現場における動物のQOL向上や、行動観察とその評価の新たな視点を提供できるものであると信じています。そして何より、取り組みを通してハッピー自身が新たな楽しみを見出してくれたことが、私にとって大きな喜びでした。

今回の受賞を励みに、今後も動物に寄り添った取り組みを続け、飼育動物たちのQOL向上に貢献できるよう努めてまいります。改めまして、ご協力頂きました皆さまに心より感謝申し上げます。

マリンワールド海の中道 土江 純平

奨励賞

阿蘇ファームランド ふれあい動物王国熊本県

ビーバーの生態を引き出す巣作りの取り組み

水辺で木の枝をかじるアメリカビーバーと、巣材を運ぶ様子、暗視カメラがとらえた夜間の行動

ふれあいを目的とした施設で十分な自然環境が整えられないという制約がありつつも、ビーバーに特徴的な“木を倒し、穴を掘って巣を作る”という行動の発現を可能にし、さらに他園にとっても模範となりうる点が評価されました。

アメリカビーバーは全国の動物園・水族館で飼育されていますが、夜行性であり、川を堰き止めて巣作りができるような飼育環境を整えることが難しい動物種です。同園でもコンクリートの床などの人工的な飼育環境でしたが、敷地内では入手が困難な木材を地域連携によって安定的に調達できるようにし、土砂が流れても排水溝が詰まらないように6種類のネットを使った工夫を施すことにより、ビーバー自身で最初から最後まで巣を作ることができる環境を整えました。また、樹木の採食が増えたことから野菜の給餌量を減らすことができ、口腔内環境の改善にも役立つと考えられます。暗視カメラでの観察では、木材の提供を始めてからは、夜間に池で徘徊するなどの常同行動が減少するとともに、木材や巣材の運搬などの新しい行動が確認されるようになりました。また、日中は群れで巣の中で休息し、午後には起きた個体から巣を出て、探索活動をして餌を食べるなど、野生本来の行動に近い行動が発現できています。ビーバーが扉の前に行くと担当者が扉を開けてふれあいゾーンに出るという動物自身が選択できる行動はユニークですが、これは外部事業所である長崎バイオパークでも参考にされ、2023年のエンリッチメント大賞「インパクト賞」受賞に結びついています。

今後はエンリッチメント実施前後の科学的な効果検証が求められるところですが、実施手法が他のビーバー飼育施設にもさらに波及していくことを期待します。

所在地
〒869-1404 熊本県阿蘇郡南阿蘇村河陽 5579-3
TEL
0967-67-2100
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

このたびは、エンリッチメント大賞 2025において奨励賞という素晴らしい評価をいただき、大変光栄に思います。

当園は観光施設の一角に位置し、設備面や法的な制約が多い中でも、工夫と発想によりビーバーたちに自然に近い行動機会を提供し、ウェルフェアと展示の質の両立を目指したものでした。ビーバーという動物は、本来、木を齧り、運び、巣やダムを築くといったダイナミックな行動を行います。しかし本取り組み以前にはそうした行動があまり見られず、環境的な要因が彼らの行動を制限していました。その課題を解決するため、巣材の工夫や樹木給餌、夜間行動を引き出す仕掛け、排水構造への対策など、現場で試行錯誤を重ねてきました。ある日、私が用意した木をビーバーが自ら齧り倒し、摂食行動や巣材として活用する様子を見たとき、胸が熱くなりました。少しずつではありますが、環境の変化が行動の変化につながっていく様子を直近で見られたことは、私にとって大きな喜びでした。この取り組みはまだ道半ばであり、改善できる点は多く残されていますが、今回の受賞はビーバーたちの可能性と、現場での工夫の大切さを改めて実感する機会になりました。

この受賞は、現場の努力や発想が認められたことはもちろん、ビーバーたち自身の行動の変化を評価していただけた結果でもあると感じています。限られた条件の中でも工夫次第で環境は変えられるということを、実感をもって伝えられる機会になりました。今後も動物たちの視点を第一に、飼育環境をより豊かにする工夫を続けていきたいと思います。また、こうした事例が他園館でも応用され、互いに知見を共有し合うことで、日本全体の飼育現場のエンリッチメントがさらに発展していくことを願っています。今回の受賞を励みに、今後も挑戦を続けていきます。本当にありがとうございました。

阿蘇ファームランドふれあい動物王国 野原 連太郎

正田賞

公益財団法人 日本モンキーセンター愛知県

高齢のニシゴリラの嚥下・身体機能低下時に備えた給餌内容を考える取り組み

ペットボトルから補助食品を飲む高齢のニシゴリラ「タロウ」と、介護食を準備するエンリッチメントサークルのメンバー

日本の動物園では動物の高齢化が進んでいますが、高齢個体においては身体機能の低下がしばしば課題となります。十分に栄養を摂ることが難しくなると、体力が低下し、福祉の低下に繋がります。また高齢個体の誤嚥による死亡は各動物種で報告されていますが、その対策はあまり進んでいませんでした。

そこで同園では52歳のニシゴリラを対象に、人間の高齢者向けに開発された補助食品に注目し、食事の選択肢を広げようと試みました。高齢動物にとって選択肢が増えることは、栄養面だけでなく生活の質を高める効果もあります。これらの補助食品を事前に試行できていたことから、実際の体調不良時の投薬補助や栄養補給に役立ち、回復につながりました。人間の高齢者向けリソースを動物に活用できるという発見は、大きな意義をもちます。とくに大型類人猿を飼育する施設には参考になると思われます。

このアイディアを提案したのは、同園の「エンリッチメントサークル」です。連続講座受講生の有志により2016年に結成したボランティア団体で、飼育担当者のニーズを聞き取り、協力しながら活動を続けています。近年は、高齢ゴリラの生活の質の向上のため、新たなエンリッチメントの手法の提案とそれらの実施時の行動観察をおこない、手法別に効果や実施しやすさを評価し、エンリッチメントのレパートリー作成に取り組んできました。今回の補助食品の活用は、人間の医療・介護分野に詳しいメンバーの知見を活かし実現したものです。

動物園が外部の知見を積極的に取り入れた点も高く評価できます。今回の授賞には、他分野の知見を柔軟に取り入れる同園の姿勢が今後さらに多くの園館に広がってほしい、という期待も込めています。

所在地
〒484-0081 愛知県犬山市犬山官林 26
TEL
0568-61-2327
応募内容を見る(PDF)
Winner's Voice

受賞の声 ―

この度は「正田賞」という大変に栄誉のある賞をいただき誠にありがとうございます。

日本モンキーセンターでは連続講座の参加者の有志で構成された「サークル活動」の中に「エンリッチメントサークル」が存在します。そのサークルから飼育員ではなかなか思い浮かばなかったアイデアが提案されることがあります。今回受賞した取り組みもその一つです。

当園では52歳になるニシゴリラを1頭飼育しており、高齢化による身体能力の衰えが心配されています。その中で嚥下能力の低下に備え、餌の選択の幅を増やす目的でご提案いただいたのが、とろみ調整食や嚥下調整食、栄養調整食といったものでした。健常者は手に取ることが少ないであろう食品に注目できたのは、歯科医師や高齢者介護の従事者などさまざまな職種の方がサークルに集い、高齢な飼育個体のために何ができるかを考えた結果なのだと考えます。

また、実際に当該個体が体調不良で食欲が落ちた際に、投薬が難しくなりました。その時に、この取り組みのおかげで栄養調整食などの嗜好性が高いことがわかっていたこともあり、それらを活用して無事に投薬をできたことにもつながりました。

新たな視点を取り入れることでまた新しい発想が生まれていくということが、飼育動物の福祉向上に直結していくことを今回の活動を通して実感しました。今後増えていくことが想定される高齢個体のために何ができるのか、飼育員だけでなく多くの視点を取り入れて考えていきたいと思います。

また、すべての動物種に適用できるわけではありませんが、高齢個体の餌の選択肢としてこの取り組みが一助になればと思います。

公益財団法人日本モンキーセンター アフリカセンター担当 星野智紀・廣澤麻里・田中ちぐさ・土性亮賀

この度は、大変光栄な「正田賞」をいただき誠にありがとうございます。

特に日本で初めて動物園にボランティア団体を立ち上げられた正田陽一先生にちなんだ賞であることに、深く感動しております。この受賞は、日本モンキーセンターの職員の方々、「タロウさん」、そして私たちエンリッチメントサークルとの長きにわたる関係を温かく評価していただけたものと、心より感謝申し上げます。

私たちが「タロウさん」と尊敬の念を込めて“さん付け”で呼んでいるのは、ニシゴリラのタロウ(オス、52歳)です。私たちエンリッチメントサークルは2016年から活動を開始しましたが、その活動のほとんどはタロウの協力があってこそ実現できました。

タロウは、毎日元気に過ごしていますが、日本で飼育されているオスゴリラの中では最高齢です。そこで、最近の活動では、タロウのような高齢個体に将来生じる可能性のある加齢による摂食・嚥下機能の低下や食欲減退に備え、ヒト用の介護食で培われた知見を応用しています。昨年度の活動では、タロウ、職員の方々、私たちメンバーで、摂食・嚥下機能の低下した人のための飲み込みやすい高カロリーな市販の食品を試食しました。今年度の活動では、バックヤードで治療中の個体にも対象を広げ、ダイエットが必要な個体向けには低カロリーで満腹感を得やすい食品、投薬に役立ちそうな食品などにも注目しています。

今後も、この栄誉を励みに動物達のエンリッチメントのために活動を続ける所存です。次の活動としては、自分たちの試食時の感想やタロウの反応などを記録した「お助け食品図鑑」を製作予定です。タロウをはじめとする動物たちの食べる楽しみとしての食材の選択肢が増え、彼らの健康長寿につながるよう願っています。

また、この受賞をきっかけに日本モンキーセンターに来園者が増えることも期待しています。なぜなら、人間観察が好きなタロウにとって、キレイなおねえさん(※タロウさん基準)がたくさん集まってくれることがエンリッチメントになるのではないかと私たちは考えているからです。

公益財団法人日本モンキーセンター友の会 エンリッチメントサークルメンバー一同

Finalists

一次審査を通過した取り組み

受賞には至らなかったものの、書類審査を通過し、現地調査・ヒアリングの対象となった4件の取り組みです。いずれも高く評価されました。

  • 秋田市大森山動物園レッサーパンダ・ケンシンおたすけ隊
  • 東武動物公園アカゲザル展示場(サル山)の改修工事に伴う新展示場のエンリッチメント化について
  • 名古屋市東山動物園ホッキョクグマへの採食エンリッチメント
  • 福岡市動物園福岡市動物園 QOL 向上委員会
Session Data

2025年の開催データ

募集期間
2025年4月15日 〜 2025年6月15日
応募総数
21通(16件の取り組みに対し)
一次審査通過
7件
二次審査
2025年9月14日(審査委員会)
審査方法
下記の審査委員による一次審査(書類)、二次審査(追加調査をもとにした審査委員会)により選定。

審査委員(五十音順)

  • 岩田 惠理元 岡山理科大学獣医学部 教授
  • 川端 裕人作家
  • 幸島 司郎京都大学 名誉教授
  • 佐藤 衆介東北大学 名誉教授
  • 本田 公夫The Maritime Aquarium at Norwalk 展示ディレクター臨時代理

2025年の全応募一覧を見る(PDF)

市民ZOOネットワークでは、環境エンリッチメントの試みを、市民が理解し、評価し、応援する社会づくりを目指し、今後もエンリッチメント大賞を継続していきたいと思っています。